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2012.05.11 22:37

フランダースの犬を読みました。
ほとんどの人は小さい頃アニメで観たでしょう。
泣いちゃうと思ってたけどやっぱり泣いちゃった。
小さい頃には、知らなかった、というか、あまり気にしなかった事も、年齢を重ねた今読むと、そうなんだぁって、分かったりする。
お爺さんは、気難しく子供嫌いな人だった気がしたけど、金物屋にこき使われ、道ばたでのたれ死にしそうだったパトラッシュを、長い間看病したのは、お爺さんだったんだ。元気になったパトラッシュに、最初は牛乳運びの労働さえさせるつもりはなかった優しい人だった。遠い街で死んだ娘が残した息子ネロを引き取った時はすでに80歳だったんだって。牛乳運びで、わずかな糧を稼ぐ超貧乏暮らし。いつまで体がきくか分からない老人が、子供を育てるなんて不安な境遇。
今の日本でさえ「老後の不安」なんて言葉はあるけど、年金も福祉制度も無縁な社会。
お爺さんもだんだん体がきかなくなり、最後の方は寝たきりになってました。お爺さんが亡くなり、家賃が払えなくなり家を追い出され、ネロはとうとうパトラッシュと悲しい最後を迎えるのだけど、彼の絵の才能が認められたのはその直後だったという、何とも悲しくやりきれない結末はみんなが知っているとおり。
悲しいお話って、何のためにあるの?泣くため?童話にも学校の教科書にも悲しい話はある。ごんぎつねとか、戦争の話とか。辛い境遇のに耐える主人公から学ぶとか、または悲しみの疑似体験して、 強くなるとか?聞いたことがある。
でも、悲しいなぁ。フィクションでも悲しい。泣いてる私の鼻水をむさぼりなめるぷうたよ、パトラッシュはかわいそうなんだよ。
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